2011年01月20日

「謙遜」は、超高度!

映画「ソーシャルネットワーク」の一場面で、ナップスターの創設者ショーンが、フェースブック創設者のマック・ザッカーバーグとのランチを終え、別れ際に「"The facebook"より"facebook"の方がcoolだ」と言い残して去って行った。「the」と「cool」について改めて考えさせられた。

後日、ツイッターのタイムライン上から、社会企業家支援に関するソフィアバンクが「シンクタンク」であり、「シンクタンク」が"think tank"であることを知って、「シンクタンク」の概念が揺らいだ(ゲシュタルト崩壊)。

世界一のシンクタンクはTTT(The Think Tank)かと考えていたら、逆に日本における「The」は「名もなき」に相当するのではないかと思った。「我こそは、〜なり。」と誇張したいところを威張らずに「いやいや、私は名もなき者ですから」と言う。確かに、超実力者が謙遜するのはcoolだ。そして、実力のない者が、「我こそは、〜なり」と誇張するのも、見ている方を不安にさせる。

しかし、世界の潮流が変化している時代にあって、変動する世界に通じるためには「我こそは、〜なり」と宣言する勢いがなければ、世界の潮流に乗れないではないだろうか。とてもとても謙遜して、相手に道を譲っている余裕はない。

私は青春時代に間違った「謙遜」をしてしまった。そして、30歳を過ぎて「我こそは」と心の中で宣言した。そして、周囲から浮いて、自らの首を締めることに。。。でも、まだ生きている。動いて、そして働く。

「謙遜」は最高にcoolだが、自己保身の謙遜は、単なるチキンだ。「謙遜」は文化であってはならないと考えると、岡本太郎の本に「全力でぶつかっていくことこそが、謙虚だ」という言葉を思い出した。
posted by Satoshi at 14:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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